この日の午前、大きな行事を終える。ほっとする間もなく、午後から会議を立ったまま進行していて、ふっと参加者の意見がとまり、「ゆれてる」という。すわっているみんながうなずく。立っている自分はそのゆれを感じられず、会議を再開しようと考えるものの、長くてゆっくりしたゆれが続く、とみんなが言う。「なんで私には感じられないんやろう」と言うと、「立ってる人には感じにくいねんで」と同僚。窓に目をやると、電線がゆっくりゆれているのが見える。「情報収集のためにいったん解散しましょうか」と私が言ったところ、携帯で検索した同僚の一人が「関東で震度4」といい、私は何かに納得した気持ちになり、会議を再開する。「ふだん、『地震のときは机の下にもぐろう』と言っているのに、誰ももぐりませんでしたね」ととなりにいた同僚に話す。会議を終えたところで別の同僚が、「東北で震度7」という情報をもたらす。阪神淡路の地震の記憶が少し引き出されるものの、そのときの自分はみじかな同僚の困難が心配で、被災のことに思いはいたらない。その日の夜、困難な状況のなか、けんめいにはたらく同僚3人と飲みに行く駅で、新聞の号外をうけとる。店でその新聞をみなが順にながめて、そのあと、終電の時間まで仕事の困難な状況をかたりあった。